「その時」
既にご存知の方は居るかと思いますが、
YUJI NAKAZAWA は、スノーモビルレースを引退することにしました。
まずここで、僕を応援してくれた皆さんに感謝申し上げます。
振り返ると、いい思い出も辛かった思い出も含めて、大満足なスノーモビルレース人生でした!


19歳でスーパーAクラスのチャンピオン獲って、ヤマハから貰った
「夢にも思わなかった大きなチャンス」、アメリカでのスポット参戦から10年が経ちます。
あの時の衝撃のお陰で、プロスノーモビルレーサーとしての自分が居ます。
アメリカで、あの時あのヒートで、タッカー・ヒバートと走らなかったら。。。
とっくに辞めていたかもしれません。
タッカー・ヒバート、ブレア・モーガン、クリス・ビンセント。
そしてアメリカンらしいレースシステムに盛り上がる沢山の客たち。
見た瞬間そこで走るのが「夢」になりました!
僕にとって、アメリカでの5シーズンは、今でも大きすぎます。
沢山の経験と実績を、そしていろんな人との出会いがありました。
毎シーズン環境の違いがありましたが、
僕の面倒を見てくれた人たちは、人種を問わず、本当に良くしてくれて、今でもありがたく温かい気持ちになります。
実績から言うと、2001X-GAMES4位でしょう。
テレビで見てた憧れのX-GAMESでしたからね。
あの時の衝撃は今でも忘れません。
実は、あの時予選で、けっこう強引に行ってぶつけて抜いたら、そいつがレース後、
殴りかかってきて、おれもそれでさらに火がついたというか、今思うと相当勢いがあったし、
最高の舞台で攻めのレースでの4位だったし、TEAMの皆もすっごく喜んでくれてたから嬉しかったな〜。
最高の思い出!
それからナショナルの最終戦、稲里レーシングの社長や父の前で、最高位の6位になった時もよかったな〜。
本当に夢の舞台でチャレンジしてると実感!
2年目は、インドアスーパースノークロスでランキング2位だったけど、ナショナルはパっとしないシーズンで・・。
TEAMも撤退してしまって・・・でもその年に知り合った友達「ブレディー・マスコッチ」が、TEAMを作りそこのライダーとして、ski-dooで3年目を走ることに!!!
マシンも環境もガラっと変わったけど、開幕前から調子が良かったな〜。
そしたらレース始まる前に、ケガ人の出た、ski-dooのファクトリーチームからいきなりオファーが来て、すっごい嬉しかったけど、今ここに居れるのは、ブレディーのお陰だし、彼のTEAMで1戦も走ってないのに、行けるわけないって思った。
マシンは、ストックだけど、そこは人間でカバーして、彼に恩返ししなきゃって思いながら走りました。
2戦目には、初のプロオープンクラス予選1位!決勝も3位走ってたけど、ぶっ飛んじゃって終了。。
調子がいいとトップライダーとも互角にバトルできていた自分が居ました!
そう3年目で何気に思い出に残ってるのは、6戦目が終了して、ホテルにもどってブレディーとふざけ合ってて、コップで水の掛け合いをしてたら、エスカレートし過ぎて殴り合いになっちゃったんですね!!アホですね。なかなか外国人と殴り合いってないよね。彼が部屋を出て行って、やべーやっちまった〜って相当ヘコみました。
今思うと、結果やアメリカ人だけの生活にストレスを感じてたのかもしりません。
でも、ブレディーは恩人。
結局すぐ仲直りして、さらに男の友情が深まりましたけどね!
まぁおれは2週間くらい目の周りのアザでパンダみたいでしたが・・・
その年は、ブレディー夫婦の家にステイさせてもらっていたんだけど、夕食だけは毎日5時にシェリー家で食べさせてもらってましたね。本当に居心地が良かったし、面倒見のいいアメリカの母です。当時14歳だった娘のクリスティンもかわいくて、恋に落ちそうになりました(笑)

いろいろありすぎたアメリカでの3シーズンもひとまずここで終了。
再び日本で走ることに。
アメリカでの経験を日本の皆に見てほしかったし、いろいろ考えた結果、TEAM HRDの原田さんにお願いをして、ski-dooで走ることに。
2シーズン走りましたが、内容も走りもマシンも良かったし、アメリカで経験してきたことと、
強い自分を出してチャンピオンになれたと思います。
そして2006シーズンは、ヤマハから契約の話をもらい、4ストロークマシンでチャレンジすることに決めました。
再びヤマハと契約できたのが凄く嬉しかったです。
4メーカー唯一の4ストロークマシンですから、簡単にはいかないだろうと思いましたが、ヤマハスタッフの努力で、マシンは物凄いスピードで良くなっていき、自分もマシンとの一体感を手に入れて、チャンピオンになることができました。
そして、またアメリカで走れるチャンスを貰うことができました。
最終戦にスポット参戦、結果は残せなかったけど、久々に凄い刺激を受けました!
翌年の2007年はフルシーズンをアメリカで走る機会をもらいました。
チームはBOSS RACING TEAM(YAMAHA)、初のカナダベースでした。
チャンピオンのロビー・マリノスキーとチームメイトになり、本当にいろいろと学びました。
やはり彼は世界でチャンピオン獲れる器でしたね!
多くの面でいろいろと恵まれたところがあったのに、苦しいシーズンで、成績を出すことができずTEAMに恩返しできなかったのがとても残念でした。
2008年は、YAMAHA MQ RACING TEAMと体制も変わり、初の1人体制でしたが日本人スタッフと一緒に参戦できていたし、メカのデーブ&マイクもいい感じで、とてもやりやすく熱いTEAMでした!
中でもスノーモビルの聖地であるイーグルリバーで勝てたことは名誉なことだと思うし、いい経験をしました!いつかイーグルリバーへ行ってカップに刻まれた自分の名を確認したいです!
そして、2009年。
前年に続いてアメリカで走る予定でしたが、チームの方針で全日本を走ることになりました。
このシーズンは予想外に苦戦しましたね(笑)
でも、本当に負けられませんから。
簡単に獲れるチャンピオンなんて嬉しくないでしょ??
苦戦したからこそ、意味のある最後のタイトルだったと思います。

実は、アメリカでのチャレンジを終えて全日本で1シーズン走ったら、「その時」
かな〜って思ってました。
でもまだまだ走りたい自分がいるんですけどね・・
毎年、契約の話は8月中にあります。
ヤマハの本社に行って、来シーズンの話を聞くと、「TEAM撤退」と聞きました。
今はこんな世の中だし、予想はしてたけど、覚悟はしてたけど、実際に聞いたら、
涙が出てきました。止まりませんでした。
本当に残念だという気持ちと、ずっと続けてきたスノーモビルレースを辞めるという現実、
そしてこんなにも素晴らしいレース人生を歩ませてもらったことへの感謝の気持ちが込み上げてきました。
ヤマハを後にする時、すがすがしい気持ちでした。
新しいスタートする「その時」が来ました。
今の自分は、目の前にある目標と、希望のある目標をしっかりと持っています。
子供だったあの頃に感じたやつと似たやつがっ!
刺激的でチャレンジし続ける人生でありたい。
もう走ってますよそこへ向かってっ!
「いつかきっと」っていう信念を持って。あの日から始まっているんです!
最後に
今までスノーモビル・モトクロスレースを通じて出会った皆さん
お世話になった皆さん
応援してくれた皆さん
スポンサーの皆さん
そして両親と家族に
心から感謝申し上げます。
ありがとうございました!
これからも長野に帰れば、いつだって乗れるし、スノーモビルの楽しさを一人でも多くの人に知ってもらえるように、
自分なりにですが感謝の気持ちを持って恩返しをし続けたいと思います。
そしていつの日か、アメリカで走っている日本人の姿が見れるよう願っています。
SEE YOU
Posted on 11月 17, 2009 at 01:27 午後 | Permalink
コメント
あ~やめんのか・・・まあ知ってたけどw
敵うわけないけど1回ぐらいレースで一緒に走りたかったな~
せっかく苦労してやっと同じ土俵まで来たのにちょっと残念
36は最後までずっとカッコ良かったしモービルレーサーみんなの憧れだったな!
お疲れ様っ!!
正月は期待のジュニアだけでなくシニアも面倒見ろよw
君のパパと社長が怖いから本気で煙止めたわ
投稿: SF24 | 2009年11月17日 (火) 17時21分
お疲れさん!あなたは最後までカッコ良かったなっ!辛い選択だけど36らしいね~俺みたくダラダラよりいいよ~こっちはもう来ることなし?旭川の3.6街でパ~ットやりたいねっ!
投稿: エイジ | 2009年11月17日 (火) 20時04分
まいったな~。
潔い、さっぱりしすぎ…TT
これからの全日本、どうすんの。
正直、日本のスノーモビル引っ張ってきたからね。
アメリカに行ってるときも、いつかは日本に戻ってきて大活躍すると思ってたし。
だれも経験できないことを、たくさんやってきて、やりつくして引退。
2010全日本、ゼッケン1番、抜きかよ><
まいったな~。
投稿: T.K | 2009年11月18日 (水) 18時47分
この記事を見てコメントせずにいられず書かせて頂きます。
夫がモービルをしていて初めてモービルの全日本選手権に
連れて行ってもらってからあなたの姿を見てから
ファンになりました。
凄すぎる走り。
本当に感動しました。
マシーンが変わろうともあの走り。
私の憧れでした。
北海道大会の度、あなたの走りを見ていました。
気軽に一緒に写真なんか撮って頂いたり
今思い返せば「大切な宝物」です。
なのに見れなくなるのかな・・・。
この記事を見て涙が止まりません。
このご時世だから!?
あなたみたいな人をなくすのはモービル界にとって大きな痛手になると思います。
X-GAMEにも果敢なく挑戦していた中澤さん。
もっともっと頑張って欲しかった。
本当に本当に悔しいです。
今後どこかでこれ以上の活躍をしている中澤選手を見れるといいな・・・
私もモービルを乗りこなせる「かっこいいおばちゃん」になります!!
本当にお疲れ様でした。
あの姿が見れないと思うと
ダメです・・・
泣き、また入ります。
こんなファンがいたこと、心の片隅に残しておいてくれませんか?
違う夢に向かって頑張って欲しいです。
本当に本当にお疲れ様でした。
いっぱい書きたいことあるのになんだか
胸がいっぱいで・・・
あの感動をありがとうございました。
お疲れ様でした。
投稿: 一部のファンです。 | 2009年11月18日 (水) 22時10分
非常に残念…
今シーズンも楽しみにしてました、
海外レース経験者として、
他のライダー達にもいい刺激だったと思いましたし、
4ストマシンの普及になったのは間違いない
そして、何よりもレースがとても熱く面白かった~
ホントに残念。
自分自身の現状や、レースをサポートしてくれるスポンサー
など、考えた上での決断…
しかし、
次の明確な目標があるのなら
応援しますよー
ひとまずお疲れ様でした、また今度。
投稿: kujira | 2009年11月19日 (木) 01時47分
スノーモビルの全日本選手権が存在する事を知り 雪とは縁遠い愛知県から初めて斑尾へ観戦に行った時
あなたは「黄色いマシン」に乗りゼッケン「31」を付けて走っていました・・・
ウチの息子は当時小学生・・・「あの31番・・・早い!」・・・息子の一言からレース中「31」を目で追っていました。
それが「YN36」と言う選手を知ったきっかけでした。
その後の斑尾のイベントでSF24さんのチームメイトの兄と競って手に入れた宝物・・・
次のシーズンその宝物をかぶり、親子で応援した斑尾大会・・・
あなたの走りを観戦して息子が一言、「全日本に出てみたい!」
それがライセンスを取得してレースを始めたきっかけでした。
ウチの様に「YN36」を目標にスノーモビルのレースを始めたジュニアのライダーは少なくないハズ・・・
そんなライダーが引退してしまう事を非常に残念に思います。
ウチの息子に言ってくれた事・・・覚えてます?
「スーパークラスで待ってるから!」・・・結構マジでとらえていたみたいですよ ウチの息子は!!
約束は守って欲しかったケド・・・また斑尾でお逢いする機会がありましたら良きアドバイスをしてやって頂けたら嬉しいです。
全日本選手権を通じて、斑尾のD君やK君・・・そしてSF24さんや隣県のスーパークラスのH・Hさん・・・
みんなと知り合える「きっかけ」を作ってくれた事に感謝です。
投稿: 「あのヘルメットのあの親子」 | 2009年11月21日 (土) 00時12分
SF24さん
本気ですね!!
正月は長野にいるから、もちろん見ますよっ
ジャンプの練習しなきゃねっ
また東京でっ
投稿: YN36 | 2009年11月21日 (土) 23時24分
エイジさん
冬になったら行くと思いますよ~
その時はヨロシクっ??
32くらいまではいけると思ってたんすけどね~
またスーパー走ってくださいね!!
投稿: YN36 | 2009年11月21日 (土) 23時30分
T.Kさん
いつも応援してくれてありがとうございます!
確かに、ゼッケン1のいないシーズンはおもしろくないかもしれません。でも、数年前に比べて選手のレベルは上がっていますし、
今シーズンの全日本もいいレースが見れると思います。
スノークロスは最高ですからね!
レース会場で会ったら、いつでも声かけてくださいね!
投稿: YN36 | 2009年11月21日 (土) 23時52分
一部のファンです。さん
レースする上で、見ている人を感動させる走りができたらいいな~
と常に思っていました。
だから「感動しました」と言われるのは最高に嬉しいんです!
新しいチャレンジが始まりましたが、そこでも人を感動させれる
人間になれたらな~と思います。
そういう姿をまた見てもらえるようにがんばりますからっ!
「かっこいいおばちゃん」になってくださいね!
チャンスがあったら一緒に乗りたいですね。
本当にスノーモビルは最高ですからっ
熱い応援ありがとうございました。
投稿: YN36 | 2009年11月22日 (日) 00時10分
kujiraさん
いろんなチャンスを貰って、経験してきたことを発揮しながら
走れたと思いますし、それを見て何かを感じてもらえたなら、凄く嬉しいですね!
この経験を大切にしながら、とにかくチャレンジあるのみです。
これからも応援してくださいね!
投稿: YN36 | 2009年11月22日 (日) 00時24分
「あのヘルメットのあの親子」さん
ゴメンナサイ・・約束守れなくて・・
一緒にはレースできませんが、小さい頃から知ってますし応援してます。
自分も小さい時、目標にしていたライダーがいましたよ!
レースをしていると、いろんな人との出会いや、刺激だったり達成感、悔しさなど、なかなか普段の生活では感じないことを経験しながら成長していけると思います。
本当にスノーモビルレースやってて良かったって思えるように、
これからもがんばってくださいね!
斑尾で一緒に走りましょう!
投稿: YN36 | 2009年11月22日 (日) 00時48分